こんにちわ揺れるハート
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2010年12月31日

今年もお世話になりました♪

今年もあと少し四葉

ほんとあっというまダッシュ(走り出すさま)な1年だったけど、

いろいろな事があった年でしたわーい(嬉しい顔)ふらふら顔(イヒヒ)顔(え〜ん)顔(笑)


ちょうど去年の今頃は

バンビのお婿さん探しをして、

赤ちゃんができているかどうか

まだわからない時期でした犬(笑)

バンちゃんの体調を気遣いながら

「受胎しますように・・ぴかぴか(新しい)」とずっと祈ってたように思います四葉

そして年明けすぐにエコーで妊娠が分かってひらめき

それからはバタバタバタバタ、、あせあせ(飛び散る汗)忙しく記憶がうすぃ・・・たらーっ(汗)

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無事誕生した時はこの上ない喜びでしたハートたち(複数ハート)

でも11月にはじょっちゃんが天使になってしまって、、、ヤギ

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これから始まる命と、消えていく命

ほんとうに私も犬たちも産まれたときから死に向かって

生きているんだと実感させられました犬(足)

生きるってなに?

死んだらどこにいくの?

命について考えさせられた1年でしたウサギ

一日、一日、大切に生きなくてわexclamation×2





大晦日の今日はアロパパと

年越しそば用の蕎麦打ちをしました(笑)るんるん

久しぶりの蕎麦打ちだったから

私は手順を忘れちゃったけど、、

しっかり者のアロパパがちゃんと仕上げてくれましたClap

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末なが〜く健康でいられるように

蕎麦をなが〜く切りましたよ手(チョキ)



そして夜は

いまから鹿島神宮夜へ行って

カウントダウン3exclamation2exclamation1exclamationをして年越ししてきます鏡餅

そのあとは車で泊まって車(セダン)車(セダン)眠い(睡眠)

鹿島の海岸で初日の出を拝んできます晴れ霧

すっごい寒くてすでにおじけづいてますが・・顔(なに〜)(笑)

毎年恒例なので頑張っていってきます手(グー)

寝袋に毛布、ホッカイロに

ガスコンロにやかんに顔(イヒヒ)、、準備万端ですGoodぴかぴか(新しい)

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みなさまも良いお年をお迎えください鏡餅


本年も大変お世話になりましたぴかぴか(新しい)

来年もよろしくおねがいいたしますわーい(嬉しい顔)揺れるハート


ニックネーム アロママ at 19:59| Comment(2) | TrackBack(2) | アロママのひとりごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月18日

じょっちゃんがみーたんのもとへ旅立ちました☆

ブログをしばらくお休みしてしまいました
ここ1ヶ月半ほどけっこう忙しく
更新する時間と、、気力がありませんでした。

すでにご連絡差し上げた方もおりますが、
先月の11月18日の18時に
愛犬ジョディ(じょっちゃん)が急逝いたしました。
享年14才と9カ月の犬生でした。

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じょっちゃんが亡くなってから
今日でちょうど1か月・・
偶然にも18日はみーたんの月命日と一緒です。
じょっちゃんが居なくなっちゃったのは淋しいけど、
みーたんのもとへ旅立ったので、安心しています。
みーたんもじょっちゃんがそばにいてくれたら
淋しくないよね。

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バンビ みーたん アロハ ジョディ チップ  2008年

「みーたん、そろそろじょっちゃんがそっちに着くと思うから
よろしくね。じょっちゃんもみーたんもおりこうさんだから
大丈夫だよね。2人でお空から私たちを見守っていてね」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


じょっちゃんの最後の闘病記録を書くかどうか迷ったけど
「おねえたん、誰かの為になるかもしれないから
おねえたんが私の介護を頑張ったこと、
のせていいよ」
と、言われてる気がして・・・・

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ワタシのトマト、栽培中

じょっちゃんは優しかったから。

辛すぎで書けない事柄もあるけど、、

以下、記録を残そうと思って書きます。




じょっちゃんの亡くなった原因は癌でした。
扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)という口内にできる癌で、
最初は歯肉炎のように歯茎が赤く腫れてきました。
約1年ほど前だったと思います。
しかしこのときすでにジョディは13歳。
この癌を手術で切除しようとなると
下顎の全切除になります。
初期のころに先生に診てもらった時点で
手術は選択肢に入りませんでした。
まだ5,6歳だったら決断したかもしれないけど、
この年齢でそんな手術耐えられるわけが無い。

手術をしないということは、
完治への道を閉ざしたということ。
どうにかしてやれなくて申し訳なくて、
診察室で泣きました。

ジョディはゴールデンレトリバーです。
大型犬の平均寿命は約10歳といわれている中、
ジョディは長生きしていました。
あとどのくらい余生があるかわかりませんでしたが、
老後を穏やかに過ごさせてあげたかった。


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年のせいで足腰は弱ってきたものの
それでも冬を越え、今年の猛暑も乗り越え、
元気に過ごしていました。
このままいくと15歳の誕生日を迎えられるかもしれない、
と思っていました。

しかし、その間も癌はジョディの体をむしばんでいたようでした。


10月半ば、朝ジョディを起こしにいくとフラフラと立ったものの
うまく歩けずそのまま倒れてしまいました。
散歩に連れて行こうと起こそうとしても
水を飲ませようとしても
足に力がはいらず首もすわらない状態になってしまいました。
昨日まで普通に歩けていたのに・・・
起きたばかりだから関節が痛いからな?
それともとうとう筋肉が弱って歩けなくなっちゃたのかな?
と思い動物病院へ連れて行きました。

先生は診察台にグタっと横になったジョディの足の関節をさわり
「この足のツッパリ方だと神経からきているね」
と言いました。
てっきり筋力が弱って歩けなくなったのかと思っていたので驚きました。
「おそらく癌が神経に飛んだのだろう」と診断されました。
いきなり歩けなくなったから・・そういうことか。。

この日からジョディの寝たきり生活が始まりました。
そして私の介護生活も始まりました。
私は犬の仕事をしているわりに愛犬の介護は初めてで、
介護経験のあるお客様やお知り合い、先生に聞いたり
ネットで調べて試行錯誤、始まりました。

床ずれさせまいと先生おすすめのマットレスを買ってきて
2,3時置きに寝返りさせました。
背中を軸にして前足と後ろ足を一度に持ち、パタンとゆっくり
向きを変えました。
ジョディはゴールデンにしては小柄で20キロです。
それでも女の私にはとても重く、持ち上げることはできません。
それでもなんとか工夫をこらして一人で介護できる環境を整えました。
家族は日中はもちろん仕事にでていますから。。

しかし介護を初めて早10日で体が悲鳴をあげました。
慣れない動作で腰や背中を痛めました。
夜布団に入ると坐骨神経の痛みで顔が歪みました。
でもいちばん辛いのはジョディであって、
私が倒れたらジョディのお世話ができなくなるとおもって。
ジョディがより快適に寝ていられるように
「頑張るぞ!!」と気合いをいれました。



でも大型犬だと体重が重いので
どうしても多少なり床ずれができてしまう。。
「こんなにひっくり返しているのに・・」とショックです。

でも床ずれの部分を先生にもみてもらうと
「こんなの全然いいほうだから!
もっとボッカリと開いちゃう子だっているんだから。
よく管理してるよ」
といわれ、診察室で安堵して涙しました。
「ジョディがんばってるね」と思いました。
そして「私も頑張ってるな」とおもいました。

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先生に脱水は気をつけるようにといわれ、
20キロのジョディは1日最低1リットルの水分補給が必要だと
教えてもらいました。
1リットルか・・けっこう量あるな。。

横になったままのジョディの口から水を飲ますのには
フラワー用の注水ボトルが大変役立ちました。
1回満タンで250c入るので最低でも4本飲ませなくてはならない。
それも一気には無理で寝返りのたびに少しずつ飲ませました。
しかし、飲ませた水が全部口に入ってるかと思うとそうではなく、
癌でぐじゅぐじゅになってうまく閉まらない口元からは
飲ませたはずの水のだいたい半分は下に引いたペットシーツに
流れ出てしまうのでした。
あまり水を受け付けない日もあって、そういう日は
電解質の点滴をしに病院へいきました。


そんな状態のなかで、ジョディは食欲だけはありました。
缶詰フードをスプーンでひとくちサイズにして
口元に近づけるとパクっと大きな口をあけてうまく飲み込みました。
最初はそんなことジョディも初めてだし、私も初めてで、
うまくタイミングがあわず何回もこぼしましたが、
寝たきり3日目くらいから私とジョディの息が合っていきました。
慣れてきたら、ジョディの大好物トマトのスライスもあげてみました。
目の輝きが全然違って、ぺロッと完食しました。
「そうかそうか♪美味しいか〜^^」
おかわりもたいらげてくれました。


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いろいろ辛いであろうなかで、食べてくれることが嬉しく、
ジョディの生命維持の元でもあり、私も元気が出るのでした。
「食べたい」ということは「生きたいよ」と伝えてきている気がして。。


しかし患部は自壊して広がっていきました。
最初に先生から扁平上皮癌を宣告されたとき、
「この癌は顔が崩れていくのをみていくしかない」と
言われていました。
当時は患部が歯肉炎のように赤くカリフラワーのように
歯茎から盛り上がっているだけでしたが、
やはり例にもれず・・どんどん左下顎の広範囲に
広がっていきました。



そして最後は左下顎が骨も溶け、歯も抜け
原型をとどめていない状態でした。
これは、、とてもとても可哀想で
ひどい状態でした。
リンパ節にも転移し、首の皮膚に穴が開き
大量の膿が寝返りさせる際に破裂して、噴出しました。



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それに寝たきりだから排尿も困難になっていました。
膀胱を圧迫してシーツに出していたものの、
それでも膀胱の底には濃い尿がたまってしまうそう。
壊死の処置の後に、毎日膀胱にカテーテルを入れて
尿を抜いてもらった。
大きいシリンジ8本分くらいはいつも尿がとれた。
やはり最後の方の尿は濁っていたり、血が混ざっていた。
膀胱炎のような症状らしく、
バイトリル(抗生物質)を飲ませていても、限界があると言われた。

家でもできるようにと尿道カテーテルの入れ方を
先生が教えてくれた。
尿カテの挿入はメス犬は陰部から挿入すると
途中で膣と尿道でY字にわかれているから難しい。
できるかなぁ、、、と思ったけどジョディの為だ。

私の左手の中指にキシロカインゼリーを取り、
ジョディの陰部にいれる。
4cmくらい入れたところに「ポコっと小さい山があるでしょ?」と先生はいう。
「んーーーあ!はい〜なんとなくあります」
「そこで背側にいくのが膣で腹側が膀胱だから膀胱にいくようにカテの先を誘導してみて」
「・・・んーー。」陰部内はいっぱいぷくぷくしてる組織とかがある。
指先の感覚だけで探るのは難しかった・・。
入った!!とおもったら膣側だった。
ジョディにもストレスがかかるだろうからやっぱり先生にお願いすることにした。
動物看護士の勉強もしていた私、ちょっと自信があったけど、
やっぱりメス犬の尿カテ挿入は難しかった。
でも貴重な勉強をさせてもらった。



そしてさらに恐れていたことがおこりました。
後ろ足の「壊死」が始まってしまいました。


先生いわく、「血液循環がうまくいかないのだろう」
といわれました。
足の先を触ると冷たい。。
壊死してしまったら回復することはありません。
だから残りの3つの足は守らなくちゃと、
血液の巡りを良くしようと時々マッサージしました。
子供用の靴下を買って履かせました。
少しでも保温になればと思って。
その甲斐あってか、足先があたたかいときもありました。

しかし、ついに左後足も壊死が始まってしまいました。
寝たきりで全身状態が悪いと、食い止めることはできないのだと、
悔しくて悔しくて可哀想でした。
日に日に壊死もひどくなっていきます。。
毎日病院に通いました。
壊死した足につける薬はなく、
進行をできるだけ遅らせる為の処置を院長先生がしてくれました。
足先をバケツに張ったお湯で洗う。
まだ生きている組織から出血しバケツの水が真っ赤になりました。
3回くらいお湯を交換して細菌も洗い落とす。
そしてガーゼを巻いてサランラップを巻きます。
ラップを巻くのは、出血が漏れ出るのを防ぐためと、保湿と
そして臭いが漏れるのを防ぐため。
壊死した部分からは強烈な臭いがでてくる・・・
血が腐ったような吐き気がするくらいの臭いがした。

日を追うごとに壊死も進み、先生に
「最終的には骨だけになる」と聞かされていました。
本当に、毛も、皮膚もベロっとむけ、赤黒い肉がでてきました。
肉球もむけて中には肉球と同じ形の肉があった。
まるで煮つけた豚足のように、、
壊死が始まったころは見るのも辛く涙がでてきました。
けれどそうしちゃいられないと先生の処置の手伝いをした。


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倒れる少し前  みんなとお庭で。最後の集合写真


つぎつぎと症状がでてきて、
ジョディの体はボロボロでした。。。
もういつ死んでもいいくらいにボロボロでした。。
むしろ、もう死んじゃったほうが楽になれるんじゃないかと、思いました。
そんな風に思ってしまうくらい可哀想だった。

そのころ私の心のなかに「安楽死」という選択が少し芽生えた。
先生に相談してみようと決意してアロパパと病院へ向かった。
なんて聞こうか、、、不謹慎と思われるかな。。。
先生からなんて答えが返ってくるか、、怖かった。

「先生、こんな状態で生きているのも可哀想だから
安楽死も少し考えはじめているんですけど、
先生だったらどうしますか・・・・」

先生はうん、うんと聞いてくれました。

「僕も自分の犬をね、安楽死できなかったんだ。
しようと決断したんだけど、自分の手では麻酔がかけられなかった。
今思うとやってあげればよかったと後悔するけど、
どっちがよかったのかはいまだにわからない」

アロパパも私も涙があふれました。
ジョディが診察台で横になってるそばでこんなこと話したら
悲しむと思って、小声で話していました。

先生が
「ただ、ジョディは見た目はすごく痛そうに見えるけど、
本人はそこまで痛くないと思うよ。」

そう、ジョディはすごく穏やかな顔で呼吸も荒くなかった。
けど痛いのかどうかはジョディにしかわからない。
話ができたら・・とこのときほど思ったことはなかった、、、。

そして先生から
「もし食べなくなって3日たったらその時考えようか」
ということにした。

食べなくなったら
命のカウントダウンをしなくてはならないのか・・・
つらいな・・・


そしてそのカウントダウンをしなければならない時は
まもなくやってきた。。

缶詰はもっと前に食べなくなっていて、
ゆでた鶏肉と食パンとトマトだけは食べられていたのに、
急に食べなくなってしまった。

「じょっちゃん、、少しでもたべないと
おねえたんがじょっちゃんを殺さなければならなくなっちゃう・・・」

想いは通じず、、水だけは飲んだ。

食べなくなって目の輝きがなくなった。
反応もなくなった。
意識もあるのかもわからない。。

もう可哀想だ・・・・

家族全員がそろう次の21日の日曜日に先生にお願いしよう・・・・・・・・


あと4日・・・・あと3日・・・

18日の夕方17時すぎ、毎日の日課の病院へいこうと
ジョディをバモスのトランクに寝かせて、アロパパと向かった。

ジョディの処置は毎日必ず院長先生がやってくれた。

病院へ着くと院長先生は緊急オペ中だった。

院長先生は私が到着したと知ると手術室から大声で
「○○さ〜ん、あとちょっとで終わるからジョディ待ってって〜」
とわざわざ声をかけてくれた。

アロパパと待合室で待っていると、18時頃先生が終わり呼ばれた。
ジョディが重いのでいつも先生は車まで来て、運ぶのを手伝ってくれた。

「お待たせ〜ジョディ〜」
とトランクを開けると、ジョディは息をしていなかった。。

うそ、、、???

ぐわ〜〜〜〜っと涙がでてきた。



先生が「ジョディよく頑張ったね〜」と涙ぐみながら褒めてさすってくれた。

もう、もちろん蘇生処置など望んでいなかった。



まだ体はとてもあたたかく息を引き取ったばかりのようでした。

じょっちゃん、、ほんとよくがんばったね。

最後、お世話になった先生に挨拶がしたかったんだね。

最後、私とアロパパを一人占めして

大好きだった車でドライブしたかったんだね。

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痛みもあっただろうに、それを見せることなく
亡くなる5日前までご飯も食べて
頑張って「生きよう」とする姿を見せてくれていましたが、
ついに力尽きてしまったジョディ。
最後まで、癌なんかに負けないぞ!って気持ちが伝わってきました。
癌に負けたんじゃなくって
戦い勝って、神様にスカウトされたんだと思います。


そして私に安楽死の選択をさせることなく逝ってしまったジョディ。
安楽死をしたら、私が後々思い悩むと思ったのでしょう。

最後の最後まで優しいジョディでした。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ジョディが頑張っていたから、私も頑張れた。

初めての介護はこうして始まり、終わりました。

良くはならない子を介護するのは
ほんとうに辛いものです。
今回はじめて介護してみてわかったこと。
いちばん辛いのは本犬だけど、その子の気持ちが移るように
自分も辛くいっぱいいっぱいになります。
介護期間中、何度か疲れもあって涙がでました。
私が頑張って面倒をみなくては、と気を張っていたと思います。

自分では動けないジョディが苦しがらないようにと思って
一日のスケジュールはジョディの介護を中心に回っていました。
今日の寝返りは○時○時○時・・・・・
ご飯は○時○時、お水は○時○時○時○時・・・
病院は院長がいるときじゃないとダメだから○時・・・と。

私は幸い犬の仕事をしているので、
お客様に理解・協力していただけて本当に助けられました。
しかも自宅が仕事場なので、昼間もジョディの側にずっと居ることができました。
様子に変わりは無いか、と仕事のひと区切りする1時間半ごとにジョディを見に行きました。

これが外に仕事に出て昼間家に居られない状況だったらどう介護していくのだろうと、、思いました。
犬を飼うときに漠然とした「最後まで面倒みる」とは思って普通買いますが、
最後まで面倒見るということはこのようなこと(2時間おきの寝返りに始まり、つきっきりの介護)も
必要になることになるかもしれない、ということまで考えて買わないだろうし。
今回私はこういうことを経験して、ここまで考えないと犬は買えないんだな、、、と思いました。
もし、愛犬がこういう状態になったとき、会社にでも勤めていたらどうするのかな・・・
会社を辞めるか、休むか、、、それとも、、、愛犬に謝るか、、、

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犬の平均寿命は10歳〜13歳くらいでしょう。
平均だからもっと長生きする子もたくさんいるでしょう。
ジョディだってそうだったし。
新しい出会いをした時、10年〜13年後は自分はどういう環境にいるかな、
家族は何をしているかな、と考えなければなりませんね。
わが子に幸せな一生を送らせてあげるために。

ジョディにはたくさんのことを学びました。
もしかしたら思い出せないくらいたくさんかもしれません。

ジョディが家に来たとき、私はまだ学生で、実はまったく犬に興味がありませんでした。
ジョディの散歩行ってきてと頼まれても
「えーめんどくさい」の始末。。
そのころゴールデンとラブラドールの違いもわからないくらいの犬音痴でした。
あれから14年・・・。
昔は考えもしなかったトリマーという職業に就いて開業をした。
まだまだ勉強不足だけど、犬のことならなんでもお任せくらいの自信がついた。
たくさんの愛犬に囲まれ、ストレスも無く毎日幸せで、心が満たされている。

今の私は、あの日ジョディがうちに来てくれたから導かれたのかな。



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「やれやれ。ワタシの役目は終わったかな!?
これからはみーたんとお空から見守っているよー黒ハートbyじょでぃ」


ありがとうジョディ

ぴかぴか(新しい)ずっと忘れないぴかぴか(新しい)

ニックネーム アロママ at 23:24| Comment(10) | TrackBack(2) | うちの看板犬たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする